ブラス・ロック シカゴの歴史 ② 25 or 6 To 4 (長い夜)

Chicagoは、セカンドアルバムのこの曲でブレイクしました。
chicago201_convert_20131022202906.jpeg

"25 Or 6 To 4"「長い夜」(Chicago)
再び二枚組だったセカンド・アルバム"Chicago"「シカゴと23の誓い」からのセカンドシングル。Robert Lam作品で、ボーカルは、Peter Cetra。ファーストシングル"Make Me Smile"「ぼくらに微笑みを」がBillboard Top10ヒットとなったことを受け、さらに順位を上げグループの名前を定着させました。このあとファーストアルバムの曲も再ヒットするなどChicago人気は定着。日本にも来日し、日本でも人気グループとなります。
1970年Billboard最高位4位。



さらに続きます。
このアルバムのファーストシングルは、こちら。
chicago204_convert_20131022203043.jpeg

"Make Me Smile"「ぼくらに微笑みを」(Chicago)
アルバム"Chicago"「シカゴと23の誓い」からのファーストシングル。James Pankow作品。ボーカルは、ギター担当のTerry Kath。
1970年Billboard最高位9位。

ここでChicagoの主力メンバーのおさらい。
chicago212_convert_20131022215035.jpg
Robert Lamm ;Keyboard担当。作詞作曲・ボーカル担当グループのリーダー。日本でも当時人気がありました。

chicago211_convert_20131022215057.jpg
左がGuiter担当Terry kath。巨漢のギタリストですが、テクニックは高く評価されてました。作詞作曲歌も担当することあり。右は、Bass担当Peter Cetera。ボーカルも担当。当時はこんな感じでした。

chicago213.jpg
Peter80年代はこんな感じでしたね。

セカンド・アルバムでブレイクした彼らですが、3rdアルバムからは、シングルのチャートアクションが芳しくありません。ブームだったブラス・ロックが衰退し始め、主力グループChaseやBlood Sweat& Tearsなどもヒットが出なくなってきます。

サード・アルバムからのファーストシングル。
chicago202_convert_20131022202947.jpeg

"Free"「自由になりたい」(Chicago)
3rdアルバム"Chicago Ⅲ"からのファーストシングル。Robert Lamm作品。Terry Kathリードボーカル。
1971年Bilboard最高位20位。

chicago203_convert_20131022203015.jpeg

"Lowdown"「ロウダウン」(Chicago)
Peter CeteraとDaniel Seraphineの共作。Peter Ceteraのリードボーカル。
1972年Billboard最高位35位。

なんとこれには、北山修が訳詞した日本語バージョンがあります。
chicago205_convert_20131022224957.jpeg

"Low down Japanese Version"Live In Japanより(Chicago)
歌は、6分25秒ぐらいからです。Peter Cetera頑張ってます。

ブラス・ロックブーム終焉とともにChicagoも軌道修正せざる負えなくなります。そんな中登場したのが、"Chicago Ⅴ"です。次回に続く。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
プロフィール

HY

Author:HY
もはや永遠のアラフォーと開き直る既婚者
ヒットチャートものを中心とした洋楽ファン
海外ドラマや最近のアカペラまで守備範囲は広く
GLEEのWarblersのメンバーの活躍を生温かく見守っています。

当ブログのレコード・ジャケットや訳詞の無断転用はご遠慮ください。

各種ランキング参加中
よろしかったらお願いします
にほんブログ村 音楽ブログ 洋楽へ
にほんブログ村
音楽(洋楽) ブログランキングへ
最新記事
カテゴリ
最新コメント
リンク
フリーエリア
月別アーカイブ

MONTHLY

FC2カウンター
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
音楽
22位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
洋楽
5位
アクセスランキングを見る>>
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新トラックバック
RSSリンクの表示
QRコード
QR