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Gordon Lightfoot (5)  雨の日の人々 Rainy Day People

梅雨時ということもありまして、この曲を取り上げます。Gordon Lightfootにしては、優しい曲です。
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"Rainy Day People"「雨の日の人々」(Gordon Lightfoot)
大ヒットアルバム「サンダウン」に続く、リプリーズ・レーベル移籍後6枚目のアルバム"Cold On The shoulder"「人生の冬の日」からのファースト・シングル。Gordon Lightfoot作品。「人生の雨(辛い体験や悲しい出来事)を乗り越えてきた人々は、人に優しくできる。」というテーマの曲です。Billboard Adult Contemporary Chartでは、1位を獲得。
1975年Billboard最高位26位。



さらに続きます。
(訳詞)
雨の日の人々は、電話をする時間をわきまえているよ
雨の日の人々は、話を聞き終わるまで決して口を開かない
雨の日の恋人たちは、君に語りかけるときには嘘をつかないよ
彼らは、君と同じように辛いことを経験してるから
雨の日の人々は、君が少し涙ぐんでも気にはしないさ

もし君が淋しいなら、
すでに雨の日の恋が必要なのさ
雨の日の人々は、悲しみを見過ごしてはいけないと皆知っているよ
雨の日の恋人たちは、他の人を愛せないような人たちじゃない
雨の日の人々は、皆心を平静に保つ方法を知っているんだ

雨の日の恋人たちは、君に語りかけるときには嘘をつかないよ
彼らは、君と同じような境遇を経験しているからね
雨の日の人々は、君が少し涙ぐんでも気にはしないさ

雨の日の人々は、君がブルーな時はすぐにわかるんだ
溝に足を取られるくらい気取って歩く人たちにも
そんな気配りが時には必要だね

この話に乗るか、やめるか
信じる価値はあると思うよ、長いこと落ち込んでいるなら
雨の日の恋人たちは、愛を内に隠したりはしないさ
彼らは、見過ごすなんてできないから
雨の日の恋人たちは、愛を内に隠したりはしないさ
彼らは、見過ごすなんてできないから

(HY訳)

どさくさ紛れに女性を口説く歌に聞こえてしまうのは、師匠の素性を知っているから?

実は、カップリング曲の方が名曲です。

"Cherokee Bend"「チェロキー・ベンド」(Gordon Lightfoot)
1900年代初期のアメリカン・ネイティブの悲劇を歌った歌。格段に説得力のある歌です。

(訳詞)
彼の父は、誇り高きチェロキーの男
だから、丘の上に住み
交易のとき以外は白人の土地には降りてこない

春になり、雪が消え
毛皮をバックに詰めて父と子は街に降りてきた
しかし、1910年の秋には
父は、チェロキーベンドで縛り首にされたんだ

*父は、彼が連れて歩いてる小汚い息子に浴びせられる
白人たちの言葉が大嫌い
父は、白人たちのずるい商売のやり方や嘘が大嫌い

その日、交易所の床は血にまみれ
白人たちは、父親を連れ去った
息子は、父の最後の時まで抑留され
父の最後を看取ると風のようにチェロキーベンドから走り去った

母親がひとり残され、冬ももう間近だった
彼女は、精霊に祈りを捧げていた
ケンタッキーヒルズの小屋の中はまだ暖かかった
そんな日に息子は戻ってきた

やがてブリザードがやってきて、ドアの外は雪で埋まった
それは止む気配さえなかった
そして息子は、母にあのおぞましい出来事を語った
チェロキーベンドの交易所の出来事を

*繰り返し

彼らは、三日三晩の長きにわたり言葉もなく泣き明かした
やがて母は家事と機織りの仕事に戻り
彼らはチェロキーベンドの出来事は忘れようとした

息子はまだ子供だったが可能な限り猟に出た
しばらくそうやって暮らしていた
しかし、食料は底をつき、保存の肉も腐っていった
ある日母は子供を呼び寄せこういった

「私は今夜逝きます、精霊の土地に行ってもう戻ることはないでしょう」
「息子よ、必要なものだけ持って行って、交易をできるだけやりなさい
あの種族の墓のあるチェロキーベンドで」

彼女が目を閉じてから、まもなく彼女は逝った
息子は母の遺体をローブ荷み
丘の一角に場所をさだめ
彼女を埋葬した

春まだ浅い日、息子は街に現れた
手にはボロボロの薄っぺらな荷物を持って
あの事件から一年も経たずに再び現れたのだ
チェロキーベンドの交易所の事件から

彼は、10歳にしては背が高くRed Skinの男
彼に手を差し伸べるものは少なく
人々は彼を取り囲み、嘲笑したり、
犯罪者の墓の話をしてからかうばかり

ある日、東部から来た男は、笑いもせずこういった
お前は、"Indian Scum"の息子(蔑称なのであえて訳しません)
なるべく隠れて、目立たないようにして暮らせよ
この白人のルールがまかり通るチェロキーベンドでは

*繰り返し

彼は、交易所の床に唾を吐いてしまい
最悪の結果となった
彼らは息子を連れ去って
チエロキーベンドの白人学校へと連れて行った

少年がいなくなってからもう21年が経った
誰も彼がどこに行ったのかを知らない
でも、少年は、Jimという男と出会って
ロデオ乗りになったという

そして、彼は一人で戻ってきて
ケンタッキーの谷の奥深くに隠れているという
よく知られていることだが、誰かが丘の上に墓石を置いたようだ
チェロキーベンドの丘の上の墓に

*繰り返し

その日、交易所の床は血にまみれ
白人たちは、父親を連れ去った
1910年、彼らに友達はいなかった
父が吊るされたチェロキーベンドに
1910年、彼らに友達はいなかった
父が吊るされたチェロキーベンドに

(HY訳)

"Government Store"国営商店となりますが、交易所にしてみました。チェロキーベンドというネイティブゆかりの地が白人のルールに支配されているという皮肉がよく現れてます。

ここまでお付き合いいただけた方ありがとうございました。
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No title

名前だけはなんとなく知ってるゴードン・ライトフッドですが
イメージは”雨の日の人々”の優しいイメージです。

ハードな楽曲がある一方
このような癒される楽曲はいつの時代でもありますね

Re: No title

面白半分 様

コメントありがとうございます。

> 名前だけはなんとなく知ってるゴードン・ライトフッドですが
> イメージは”雨の日の人々”の優しいイメージです。

確かに"Beautiful"とか優しい癒し系の曲も多いですね。声に一番合うんですよね。ファンとしては、ディランやポール・サイモンとつい比較してしまって、もっと過激に・・となってしまうのがよくないなあと反省しました。逆に考えれば、この味わいがディランにも出せないところなのかもしれません。

> このような癒される楽曲はいつの時代でもありますね

ほんとそうですね。やはりニーズがあるから失くならないんでしょうね。

こんにちは。

初めまして。
私、アメーバでブログを書いているwintergamesと申します。時折、音楽ネタも取り上げるのですが、梅雨時という事もあり、近々、大好きなゴードン・ライトフットのRajny Day Peopleを取り上げたいと思い、訳詞を探している時にこちらのブログに辿り着きました。他にもいくつかありましたが、やはり、ファンの方とあって、HYさんの訳詞が一番しっくりときました。
そこでお願いですが、もし差支えなければ、HYさんの訳詞を掲載させていただけませんか?もちろんリンク先としてこちらのブログのご紹介もさせていただく形でです。
お手数でなければ、こちらのコメント欄か、上記アドレスかブログへのお返事をいただけますと嬉しいのですが・・・。
勝手申しましてすみません。よろしくお願いします。

Re: こんにちは。

wintergames 様

初コメントありがとうございます。

> そこでお願いですが、もし差支えなければ、HYさんの訳詞を掲載させていただけませんか?もちろんリンク先としてこちらのブログのご紹介もさせていただく形でです。

私の訳詞でよろしければ、どうぞお使いください。(ちょっと意訳しすぎですが・・・笑)そういえばNHKのFMのリクエストコーナーの梅雨特集でもよくかかってましたね。こちらこそ今後ともよろしくお願いします。


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Author:HY
もはや永遠のアラフォーと開き直る既婚者
ヒットチャートものを中心とした洋楽ファン
海外ドラマや最近のアカペラまで守備範囲は広く
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当ブログのレコード・ジャケットや訳詞の無断転用はご遠慮ください。

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